一ノ瀬ポトフの生活

趣味で書いたエッセイ的小話を順次アップしていきます

ジムのカウンセリングにて

数年前に書いた日記がなかなか興味深かったので、掲載します。

 

 

「どんな体になりたいですか?」

開口一番の言葉が予想外で、ワンテンポ遅れてしまう。

妹が期間限定で通っていたジムの、体験の話などを聞きにいった日。

妹のトレーナーを務めていたお兄さんは180越えでガタイが良かった。

 

「ジム」という場所は、「痩せて綺麗になりたい」「愛されBODY」「シェイプアップ」「求められる体」…一部雑誌やウェブ広告のように、女らしい美しさになることを、押し付けてくる場所だと思い込んでいた。

 

妹は、オードリー・ヘプバーンを挙げたらしい。素敵である。

その例を、「女らしさを求めている」と、決めてかかるのは乱暴だし、本人の感じを見るにそれとは違うんだろうが。

 

私がなりたい身体として挙げたのは、女の人じゃなかった。それが後ろめたかった。
「女らしい美しさ」を求められるのが嫌なくせに、それを自分から欲せる人でありたかった、と思う。

 

真っ先に思い浮かんだのは、線の細い感じの美青年。応援してる男性アイドルとかの体型。

中性的な雰囲気…一言でいうとそんな感じ。

私は男になりたい訳ではない。けど、真っ先に思い浮かんだのがそれだったのだ。

 

「線が細い感じの美青年とか、そういうイメージです…。
男になりたいとかじゃないんですけど、私、胸ももっと無くて良いんです。大きい方でも無いけど…」

 

ジムのお兄さんは、なるほどと頷きながら、脇から真下に向かって手先を下ろす仕草をし、
「スン…ストン…って感じ?」と聞いた。
「そんな感じです。」

 

上手く言葉に出来なかったが、脳には、彼らの身体の平たさや、女体だとしても背が高くて骨張ってて角張ったような、スレンダー女性が浮かんでおり、きっと無意識に長年求めていたものはこれだと感じていた。

 

「それから、ペットボトルの蓋を開けたいです」

お兄さんは笑った。

この際心の奥にあった地味な望みは、思い切って言ってしまおう…。

 

ペットボトル、大体の場合は開けられるが、たまに開けられない。駅のキオスクで買った水が開けられなかった時は店員さんに開けて貰った。

その時は流石に、自分ヤバいと思った。


それと、当時私は倉庫で働いていた。

職種的に力仕事はあるが、うちの会社は、割と女の人は、それらを免除される傾向にあった。

 

「腰痛められてもあれだし、やっとくよ。」

よく言われたし、私もそれを受け入れ、でもどこか寂しい。
コンテナの積み下ろし作業、出荷口、仕分け部門で扱えないようなデカい荷物の梱包…
女で、しかもその中でも小柄かつ非力な方の私は、どうやっても配置されることは無い。

 

ただ私は、高いところの物を「取るよ」、硬くて開かない物を「開けて」、代わってもらう機会を今より減らし、自分で出来る事が増えたらきっともっと楽しいに違いない!…気がしていたのだ。

 

まあ、それとは別にレスラー系ムキムキ体型(男体)にも憧れはあり、お兄さんにリンゴを素手で潰せるか聞いたら、いけると言ってたので、はしゃいだ。
(私も素手で林檎潰したい)

 

私の力への憧れは男児が車や電車に夢中になるような幼稚で単純な面もあった。

 

お兄さんいわく、「『痩せてキレイに』以外にも、中性的になりたいって人や、姿勢改善したいって目的で通う人もいますよ〜」だそうだ。


いい意味で拍子抜けだった。

特別痩せたい訳でも、自分の身体がものすごく嫌な訳でもなく、健康的にもまだ引っかかってない、自分がジムに通う意義とは何なのかと思っていた。

こんなぼんやりした理想でも良いなら、何だかチャレンジ出来そうな気がする。


「ちなみに握力いくつです?」

ペットボトルを開けたいと言った直後、聞かれた。

「20無いと思います。」

「俺、60位です。言って良いのか分からないけど、可愛いですね。」

 

本当は林檎を潰してみたい欲がある旨など伝えていたので、この「可愛い」は嫌で無かった。単純な力の差である。

か弱い乙女どころか、巨人と蚊くらいの実力差が、清々しく眩しい。

 

まだ、体験に行くかどうかすら決めていないが、今日の事を誰かに話したいような気分、そう思った。